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無用な引越しを回避するの巻 1996.11.13(水)

 土曜日の午後遅く目を覚ました私はシャワーを浴びていた。
 丁度身体中石鹸の泡だらけのタイミングでお湯が出なくなった。
 いかに暑がりの私といえども今の時分、さすがに水シャワーでは冷たい。瞬間ガス湯沸かし器のリモコンを見ると、「運転」だとか「燃焼」などを表示するすべてのLEDが消えている。こいつはちょっとたまらないが、泡だらけではどうにもならない。
 とりあえず震えながら水で石鹸を洗い流してバスルームを出た。

 冷水をかぶった後は身体が妙にポカポカするものであるが、風邪を引かぬように熱いコーヒーを淹れて一服することにした。
「さてどうしたもんかな、ガス屋に電話を掛けるか。土曜・日曜にも修理に来てくれるかな?」
 などと考えていると、ふと非常にマズイ事を思い出した。
 そう、あれは三年前の夏の終わりの事であった。私がヒロコさんと知り合ってまだ間もない頃の話だ。
 …それまでに、ヒロコさんは大変な引っ越しマニアで、今迄の人生で20回位引っ越しをしているという話は聞いていたが、又近々引っ越しをしたいと思い詰めた顔で言うのだ。丁度その頃は引っ越し直後数ヶ月目であるとも聞いていたので、何だってまた? と不思議に思い訳を聞いてみた。
 彼女が言うには、マンションの瞬間ガス湯沸かし器の調子が悪くなり、水温が上がったり下がったりして、落ち着いてシャワーが浴びられない。だから寒くなる前に是非引っ越しをしたい…とこういう訳なのであった。
 これには私はビックリした。何でガス屋か大家に言って修理してもらわないのか? 湯沸かし器の不調くらいでどうしてわざわざ引っ越しみたいな面倒な事をせにゃあかんのだ?
 どうも常識では理解し難い話である。これは余程の事情があるに違いないと更に詳細を聞いてみることにした。その結果、次第に明らかになって来たところによると、大変な寒がりのヒロコさんは「あったかいシャワーが不調」の一事ですっかりパニックに陥っており、その一方、引っ越しにかけては完全なプロであるために、すぐに逃げ出す方向にしか発想が行かないらしい。
「騙されたと思ってガス屋に連絡してごらん」
 としつこくアドバイスしてその場は別れたが、二三日後に経過を聞いてみたところ、連絡したらガス屋がすぐに修理にやってきて、事無きを得たとすっかり御機嫌であった…

 …とまあ、こんな事が以前にあったので、いい加減寒くなった今、家のシャワーが水しか出ないなどと言ったら、引っ越すだの、修理できるまで旅行に出るだの、ホテルに泊まるだの、とんでもない事を言い出すのは目に見えている。
 よし、ここはさっさと修繕するしかない。早速東京ガスの近所の営業所に電話を入れた。感心なことに土曜日にもかかわらずちゃんと人が出た。しかしまあ、ガスは「ライフライン」とかいうモノの一つであるから当然と言えば当然である。
 しかしそれからがいただけない。湯沸かし器の型番を言うと部品が無いという。月曜日に部品を発注するから、修理に来られるのは早くて水曜日だと言う。取り敢えず修理依頼はしたものの、こいつは困った事になった。
 台所の洗い物くらいならお湯など出なくても良いが、風呂はそうはいかない。五日間となると彼女は我慢できないであろう…私は平気だが。
 最も上手くいってホテル行きだな、これは。今青山円形12日間の前準備で、原稿を書き溜めしているから、コンピュータを持参する事になろう。おまけにHPの更新にも燃えているから、DOSしか動かないThinkPad220では嫌だと言うだろう。するとAptiva持参か? そんなモンえっちらおっちら私がホテルまで運ぶのか? こいつはたまらんな、面倒だな〜…等々、種々の厄介な光景が一瞬にして私の脳裏を横切った。
 しかし同時に、驚いたことにお抱えエンジニアの本能は、ドライバ、テスター、半田ごてなどを抱え、未知の領域、瞬間ガス湯沸かし器の修理へと無意識の行動を取り始めていたのである。

 まず玄関の脇にある湯沸かし器のパネルを外す。中身を見ない事には何も始まらないからだ。これはサポート作業の基本である。
 外したパネルの内側に電気系の配線図が貼ってあった。今回の故障はリモコンのLEDが全滅なんだからまず電気系が疑わしい。電気系なら何とかなりそうだシメシメ。
 …てな訳で順を追って配線を調べていくと、低電圧のリモコンに行く配線端子盤に白い酸化物が付着しており、電線を端子に固定しているネジの回りにもビッシリ付いている。テスターで当たってみると完全な接触不良だ。何の事はない、これが原因に違いない。接点を洗浄し、リード線を剥き直して電源をONしてみると、どうだ! 完全に直ってしまった。

 こいつは実に気分が良い。大体コンピュータのエンジニアなんてまだまだヒヨっ子よ。男ならガーンと身体ごと湯沸かし器にぶつかって行くくらいでないとエンジニアとは言えないね、などと独り悦に入っていると、丁度ヒロコ姫は遅〜いお目覚めである。
 いつもの様に半覚醒状態でマシンを立上げ、ひとしきり何かやっていたが、
「寝汗かいた。シャワー浴びよう…」
 とか言って風呂場に行ってしまった。
 彼女の寝ている間にはいつも何事も起きていないのだ。私はそれでも十分満足なのである。


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