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カメラの話 2000.4.14(金)

カメラを構えるN氏

1. カメラ熱復活? 新しいカメラを買うことに…

 ヒロコさんに突然、カメラのマイブームが復活した。本当に突然で、何がきっかけになったのかは、ブームが起きる度いつも定かではないのであるが、今回も全くそうであった。
 実は、今年のバレンタインデーに私はヒロコさんから革のバッグをプレゼントされていたので、ホワイトデーに何かお返しをと思っていたのである。そこで「何が欲しい?」と聞いたら、「カメラが欲しい」と即座に返事が返ってきた。案外以前から暖めていた企画であったのかも知れない。

 ところで、今回のヒロコさんのカメラ熱は漫然としたものではなく、要求仕様が極めてはっきりしていたのである。それは「ストロボを焚かないで、室内で手持ちでポートレートが撮れる事、大きな前ボケ・後ボケを利用して画面を整理したい事」の二点であった。こういう事が出来る新しいカメラが欲しいという訳である。また雰囲気のあるモノクロ写真を中心に撮っていきたいとの希望も示された。
 確かにヒロコさんの場合夜行性であるため、殆どの場合夜間屋内撮影になろう。正面一発のストロボ一灯だけでは、雰囲気のあるポートレートが撮れるはずもないし、バウンスさせたり多灯発光などという技は、ヒロコさんの好きな故木村伊兵衛氏風の、さり気なく風のように撮る作風には全く合わない。これは誠に正しい条件である。
 また以前にもミノルタのフルマニュアルの一眼レフを(一応)使っていた経験があるので、今持っているオリンパス・ミューみたいな、フルオートのコンパクトカメラでは気を入れて写す気がしないのだそうだ。

 というわけで、漸く私の身体が空いたホワイトデー大幅遅れの土曜日に、例によって例の如く思い立ったら直ぐのヒロコさんは、カメラを買いに私を連れて新宿西口へと出発したのであった。

2. デジタルカメラはダメだ。残念。

 さてヒロコさんの撮影条件を満たすには、高感度媒体と大口径レンズの組合せが必至である。残念ながらここで先ずデジタルカメラが選外に落ち、私の一押しのニコンD1はダメになってしまった。
 現状では、ヒロコさんの希望条件を満たすまともなデジタルカメラは、超高価格のプロ用か、65万円のニコンD1以外には存在しない。これは決してマニアックな贅沢を言っているのではなく、実際のところ、コンシューマ用の高級品である200〜300万画素のデジタルカメラで低輝度の被写体を撮影した画質は、写真愛好家の目から見ると全く恐るべきレベルに留まっている。
 確かに安価な小型CCDの出力を上手く補正して、一見きれいな画像を生成する各メーカーの努力とノウハウには脱帽せざるを得ない。しかし晴天戸外のスナップならともかく、ヒロコさんが希望する低輝度の撮影条件では、CCDの暗電流ノイズの影響は、普通の写真好きの画質要求水準からして落第寸前のレベルにある。特にヒロコさんは、モノクロ画像における美しいシャドウのトーンを望んでおり、今持っている230万画素のデジカメの画像では全く我慢できないのだ。
 一方ニコンD1ともなれば、全く異次元の高画質で殆ど問題はない。条件によっては銀塩を超えたシャドウの再現品質を持つ。明るいニコンFマウントのレンズも私は山ほど持っている。従って私としては、どうしてもこれをプレゼントしたかったのであるが、ヒロコさんが65万円という値段を聞いてダメということになった。
「自分の腕と投資のバランスを考えると勿体なさ過ぎるもん。腕が上がる頃には、きっと半値以下でもっといいデジカメが出ているよ」
という、いかにもPC文化で鍛えられたヒロコさんらしい判断ではある。

3. オートフォーカス一眼レフも全滅

 さて、では気を取り直して銀塩カメラから選ぼう。ヒロコさんの細腕には、中版・大版カメラでは荷が重すぎるし、APSカメラなんて私が嫌だ。ポートレートをスナップ風に撮るなら、焦点距離50〜105mm級の明るいレンズを大きく開けて撮ることになろう。さすればピント合わせの問題から、最近人気復活気味のレンジファインダーやノンファインダーのカメラでは無理がある。まずここは順当に35mm一眼レフということになろう。
 従ってここでヒロコさん好みのレンジファインダー(RF)ライカの現行機種、M6も残念ながら落選となる。更に、ニコンD1が高いならライカM6も同じく十分高いし、大体レンズマニアである私には、撮影レンズを通したファインダー像が見られないRFカメラに対する興味が皆無なのである。RFのライカは確かに粋なカメラらしいカメラである。機械としては惚れるけど、自分の納得出来ないものはプレゼントもしないもんね、なのである。

 結局レンズは私の手持ちが沢山あるので、やはりニコンFマウントの一眼レフに決定である。それでは、ニコンの一眼レフの中から何を選ぼうか。ここで機械に対する好みがヒロコさんと私で完全に一致するのであるが、最新AF一眼レフのデザインに関しては、全メーカー全機種とも完全に不合格なのである。その姿が内面の機能を体現していない余計なデザインは嫌いなのだ。
 液晶パネルにボタン操作、ダイヤル操作の曲面ボディカメラ達は、我々の目には、多くのCDラジカセや、キティちゃん電卓と同様に映るのである。デジカメなら新しい電子デバイスだからそれなりのデザインも許せるのであるが、銀塩カメラのくせして止めてよ、という感じである。
 だから最高峰のニコンF5でもダメ。前モデルのF4ならまだ許せたが、F5には買う気の一かけらも起きない。従って機能・性能で文句のないミニF5であるF100も近日発売のF80もダメ。これ以外の系統にあるF90やF60は液晶・ボタンに加えて機能にも不満があるから余計ダメ。ヒロコさんは多少オートフォーカスに未練があったようではあるが、やはりデザイン優先の人である。

4. 救世主ニコンnew FM2

 それではマニュアルフォーカスカメラから選ぼう。マニュアル機なら、ニコンなら、きっとカメラらしいカメラがあるだろう。
 念のために繰り返すが、私は「レンズマニア」であって「カメラマニア」ではない。カメラは機械らしい暗箱であればよいという人間である。従ってカメラボディについては余り詳しくないのだ。だから現在ニコンのマニュアル機に何があるのか、実は良く知らなかったのである。
 ここで私のカメラを紹介しておくと、今手許に残っているのは、4×5がトヨビュー、ブローニーが旧アサペン6×7、35mmのメインがニコンF2とオリンパスペンFT、サブがスナップ用のニコンF4の5台だけである。レンズマニアだから見事に全部一眼だ。その他過去にはニコンF、F3、FE、F-501、オリンパスM-1(OM-1ではない)など色々使って来たが、カメラボディにはそれ程思い入れがなく、沢山あっても気が散るだけなので、本当に必要な物だけ残し、その都度友人や親戚にプレゼントして整理して来たのである。
 そんなわけで、かくなる上はと、私がヒロコさん用に想定したカメラはニコンFE2であった。その昔、完成度の高さに極めて満足したニコンFEのシャッター改良型である。FEは好きだったのだが、F4を買った時に、プログラム露出専用と知らずにミノルタ・アルファ3700iを買って、ボケ味を出すのに四苦八苦していた人にあげちゃったのであった。
 ところが何と、あんないいカメラが4年前に製造中止になっていた! 後継機はプラスチッキーペナペナのFE10ですと! 冗談じゃないなあ、ニコンさん。

 おお、しかしF3はいまだに残っている。でも高級機としてはウルトラ・ロングセラーだけに今時中途半端な仕様で、新たな気持ちで再スタートする気持ちでいるヒロコさんには、ちょっと似つかわしくない。
 あれれ、FEがディスコンなのに、お仲間だったフルマニュアルのFMは「ニコンnew FM2」として存命しているではないか。ついでにFM10なんていうFE10のプラスチック兄弟のマニュアル機まで発売されている。だがFM10はFE10同様ハナから論外。
 こうして見るとやはりnew FM2はカメラがカメラであった時代の風合いがあって、非常に魅力溢れる良いデザインである。それでいてちっとも古さを感じさせないのは、まるで谷山浩子の初期の名曲の数々の様でもある。ニコンの中級機としては、やはりFE、FM兄弟が後にも先にも最高峰だ。ヒロコさんも、如何にもカメラらしい精密感があり、且つ無駄なくコンパクトにまとまったデザインのnew FM2がとても気に入ったようだ。いよいよ消去法ではあったがnew FM2に決定か。

 …しかし、ヒロコさんは本当にフルマニュアル機でいいのだろうか。絞りとシャッター速度とピントが全部手動ですよ。大口径レンズで、ノンストロボで、スナップでポートレートを撮るんでしょう? 大丈夫かなあ………。カメラ店の店頭ですっかり躊躇してしまった私である。そこでよくよく本人の意思を確認しなければ、と一時喫茶店に退却することにした。

 ところが私の心配をよそに、ご本人は喫茶店にて、
「撮影を基本から学ぶには、基本中の基本のカメラがいいんじゃないかな。あれ凄く気に入った」
「前にも(一応)フルマニュアルの一眼レフ使ってたんだもん。何とかなるって」
「カメラの参考書を買って勉強すれば大丈夫だよ。…そうだ、そこの本屋さんで買ってこよう。ちょっと待っててね」
などと言い残して本屋さんに走り去り、「一眼レフ入門」だか、「露出の実際」だか、そんな具合の本を片端から買い込んで戻ってきたのである。これはもうすっかりヒロコさん、その気である。
「買ったものの『全然使えないよー』なんて事になるかも知れんなあ…」
などとまだグズグズしているのは私。
「…でもその場合には私もnew FM2は好きな事だし、これは私が引き受けるとして、ドーンと私のF4(オートフォーカス・自動露出可)と交換してあげよう」
などと漸く決心し、カメラ店にとって返して、大根・人参を買うが如く、これ下さい状態でnew FM2を購入した、という顛末であったのである。

5. さて、その後…

 買って帰ったら直ぐに使いたくなるのがヒロコさんである。AFニッコールの50mm F1.4、 85mm F1.8、Ai改造オートニッコールの85mm F2、105mm F2.5など、明るめのポートレートに適したレンズを幾つか並べると、マニュアルを読むのももどかしく、早速ISO 1600のモノクロフィルムを詰めて、いきなり手近な被写体=私をバシャバシャ撮り始めたのである。
 やはりピント合わせには必要以上に気を使い過ぎて、シャッターを切るまで延々と待たされるが、一応協力的なモデルであれば、何とかなりそうではある。
 色々試すうちに、85mm F2が見え方と操作感の両面から気に入ったようであるが、自宅室内で引きが十分取れないため、取り敢えずこれまた基本中の基本のAF 50mm F1.4を当面の常用レンズに選択し、当夜から翌日の午後までの間にフィルムを二本使い切ってしまった。

 翌週、時はまさに桜満開の晴天の日曜日、写欲旺盛なヒロコさんは珍しく早起きし、太陽がまだ中天近くに輝いているうちに、今度はISO 400のネガカラーを5本買い、私に都内でいいから桜の名所に連れて行ってくれという。

 都内の桜名所は幾つかあるが、ヒロコさんを乗せて車で回ってみると、十分予想された事ではあったが、何れも満開の桜の木の下では飲めや歌えのドンチャン騒ぎが繰り広げられている。それも相当マイナーな桜並木の下でもカラオケ騒ぎという有様であり、桜花の下で写真を撮るという風情とは余りにもかけ離れている。
 あちこち回るうちに、慣れない早起きに疲れたヒロコさんは助手席で寝てしまった。このままでは日が暮れてしまう。静かで人気の無い桜並木は何処かにないか、と焦った私の脳裏に助手席で居眠りしている人との思い出が蘇った。そう二人の共通の母校のキャンパスに桜並木があったはずだ。満開の桜の木の下で入学記念の集合写真を撮ったではないか。
 早速車の舵を切り、休日でひっそり静まり返るお茶大のキャンパスに乗り入れ、懐かしい附属中学の横に車を止めた。目を覚ましたヒロコさんは、「あれー、いつのまにこんなところに…」状態であったが、勝手知ったる母校のキャンパス、桜並木や椿の植え込みなどをロケーションに選び、早速撮影に及んだ次第である。

 マイブームの最中とあってヒロコさんのパワーは凄まじい。今度は取り終わったフィルムを直ぐに現像して見たいから、クイックサービスのDPEショップに行きたいという。しかしせっかくの初撮影の結果が、あのオートプリンターの同時プリントの仕上がりでは、ヒロコさんは自分の腕に自信を無くすかもしれない。デーライトフィルムで夕方の太陽光の下で撮影したから、そのままプリントしたら真っ赤になるから不味い。そうそう、お茶大の比較的近くに、私が以前よく利用していたプロラボがある。ここはひとつ張り込んで、プロラボで色温度補正を掛けてもらって手焼きだ。
 押っ取り刀で昔馴染みのプロラボに駆けつけると、なんと土日は午後5時受け付け締め切りでアウト。ここにも不況の影響か。前は無理聞いて何時でもやってくれたのになあ。
「何でもいいから早く見たいよー」
というヒロコさんの強烈なプッシュにより、仕方なくクイックサービスのDPE屋さんへ。50分で仕上がるというので、近くの喫茶店で待つ。その間にも店内でバシャバシャ写すヒロコさん。瞬く間にまた一本撮り切ってしまった。
「さっき出したのを受け取りに行く時にまたこれ頼んで、もう一時間待っていようよ」
ですって。すでに全く手の付けられない状態である。

 さてヒロコさんの腕前の方であるが、私の心配は杞憂に過ぎなかったのか、中々のものであると思う。ブレ・ボケが殆どないことだけでも大したものである。早速何点かこのページでも発表しているようであるが、皆さんの評価は如何なものであろうか。


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