101人コンサート裏方苦労話「浩子を照らす」  第1部「浩子さんが来る前に」  96年初頭を飾る101人コンサートツアーの中でも九州の最後、長崎のコンサー トは2月18日の日曜日という絶好の日程となった。  が、いかんせんどんなアーチストが来てもめったに満員にならないのが長崎 の常。自主企画に属する101人コンサートは赤字必至の状態であった。  そこで考えられた奇策の1つが、「照明係を自前でやってしまう」であった。 その他には「違法ポスターを貼りまくる」「ラジオ、テレビに出てしまう」 「地元情報誌にタレこむ」などのどこでも見られる(?)方法も取っていた。  さて当日。朝10時ごろに私(花田)と妻の2人は会場であるNBCビデオホールに 到着した。長い1日の始まりである。  すでに(本当の主催者である)M氏ご夫妻が到着し、長机を準備し始めている。 舞台ではピアノ調律師の方が朝一番に来て調律をしているという。  あいさつもそこそこに打ち合わせ。そうしているうちに手伝いの人たちも集 まってくる。その中には私の授業で捕まえた女の子とその友達2人も入ってい る。その間、私は照明の仕込みに入る。  その2日前。金曜日の午後に休暇を取ってNBCビデオホールには行った私はそ のまま困っていた。曲目は後半の半分しか決まっていない。しかし、ほとんど 素人の私はそれに合せた照明を考えるのにもかなりの時間がかかっていた。幸 い17日の福岡での照明仕込み図を入手できたのでそれを多いに参考にする。  仕込みではRGBの三原色を浩子さんの真上とホリゾント上下に、それ以外に は浩子さんとピアノの鍵盤を照らす生のライト。AQさんの上は鍵盤用生ライト とブルーの明かり、そして2人を照らすスポット。MC用の舞台全面を照らすラ イトを仕込む。最後に、月を出したくて仕込んでもらう。  舞台の仕込み作業自体は15年ぶりだが、照明の仕込みは初めてに近い。何は ともあれライトを設置してひとまず仕込みを中断する。  11時前にマイクロバスを改造した荷物が到着。新マネージャーの宗さんや旧 マネージャーポン吉さんもいる。早速搬入作業に入る。私も手伝って30分もせ ずに搬入が終わる。宗さんは色白でかわいい感じの人だ。  搬入が終わる頃にはコンサートでおなじみのお客さんもちらほら見えるよう になる。が、それ以外のお客さんがもう来てしまった。早速整理番号を発行す る。整理番号発行用のナンバリングマシンは実は国有財産だ。考えてみれば土 曜日に繁華街で配布したビラも、そこで流したテープを録音したラジカセも、 貼りまくった違法ポスターの一部も、スタッフを示す名札も全部国有財産だ。 これを「血税攻撃」などと呼んでいた。住専の何人か分の負担額を思いっ切り 谷山浩子コンサートにつぎ込んだ形である。  そうしているうちに昼に近くなる。宗さんが我々を集める。「ミーティング」 である。テキパキと警備や商品販売などの説明をし、人数を割り当ててゆく。  午後1時前。PAの調節を行う中で照明の調節を始める。ホリゾント以外の各 ライト毎にその向きと焦点(広がり)をとりあえず調節する。用語がよくわから ないので勉強しながら指示を出す。あくまでも照明係は私なので、私が指示し なければライトの向きは変わらないのだ。ピアノに座ったり、舞台前から眺め たり、いろんな角度で検討する。  それらがなんとか終わった頃、石井AQ氏が到着する。早速シンセサイザーの 配線から始め、あっと言う間にセッティングを終える。  しばらく間があく。AQ氏はピアノに向かって鍵盤を叩き始める。「AQ on ス テージ」の始まりである。美しい旋律が無人のホールに流れる。  実はこの頃楽屋ではヤマハのスタッフの皆さんが寒がっていた。NBCビデオ ホールは空調が客席と楽屋で一体なのである。やむを得ず暖房を入れてもらい、 かつ電気ストーブを地元スタッフ県庁職員のMGさんに調達してもらう。  さて、「AQ on ステージ」が終わった頃、浩子さんが裏口に到着する。M氏 と私で迎えに行くが、外では常連氏と話している様子。入ってもらうまでちょっ とかかった。  第2部「当日リハーサル」  タレントが来たからにはサウンドチェックとリハーサルである。が、なにし ろ前半の曲目が決まっていない。とりあえず舞台上で浩子さん、AQさん、私、 ヤマハの音響氏で曲目選びとなる。まず、後半の曲目を確定させ、それからは 浩子さんとAQさんの会話でテーマ選びから始まった。  「ガラスシリーズは前にやった」「頭文字が『ながさき』というのは曲目が 思い浮かばない」、、、話は次の神戸の曲目テーマにまで発展してなかなか決 まらない。最初は1曲目に「BLUE・BLUE・BLUE」を持ってくることに決まりか けたが、最終的にテーマが「頭文字が『カステラ』にしよう」ということにな り、「カントリーガール」と「風を忘れて」の2曲に絞られて、「風を忘れて」 となった。  2曲目と3曲目は「すずかけ通り三丁目」「手品師の夜」となった。一時は3 曲目が「てんぷら☆さんらいず」とか「テングサの歌」になりかけたんですが。  さて、4曲目。「ラ」で始まる曲が思い浮かばない。「ラ・ラ・ルゥ」があ るのだが、3曲続ける中ではつなぎが悪い。結局斎藤由貴さんに送った「Lucky Dragon」になる。  実は、決まったとたんに私の悩みが始まる。これから照明を考えなければな らないのだ。しかも色を追加することはできない。サウンドチェック中に大急 ぎでロビーで色を考え始める。実はこのころ、浩子さんも「Lucky Dragon」の 歌詞が無く、舞台上で歌詞を書いていたのである、、、、  程なくリハーサルが始まる。とりあえず後半から。私も調光卓(客席の一番 後のさらに上にある。)にすわり、朝まで考えていた色を出してみる。後半1曲 目の「風になれ」はやはり緑だろう。そんなことを考えながら通しリハーサル に合せて色を作ってみる。リハーサルだから多少間違っても修正が効く。最も 幸いなのは歌い出すタイミングやCDでのアレンジがわかっているので光を変え るタイミングや浩子さんを照らすタイミングがわかっていることである。  後半が終わると、前半のリハーサルとなる。昼過ぎに配られたトランシーバー を通してマネージャーの宗さんが時折指示を出してくれる。そうしてリハーサ ルは終わった。ほとんどの曲を1度で終わり、通しリハーサルは1時間ほどしか からなかった。  リハーサルが終わったのは4時半前。浩子さんは楽屋へ、私は最終的な照明 の微調整をして、ロビーへ。すでに会場入口前には人が一杯。聞いてみると当 日券も売れたという。140人を越え、これなら赤字も少なくて済みそうだとと りあえず安心する。  私の妻はグッズ販売担当となっていて、販売品の準備や販売個所を示すポス ターを貼ったりしている。他の皆もチケットもぎりや配布するチラシの準備な どで忙しそうだ。  第3部「コンサートは進む」  そうしているうちに5時となる。開場は5時半を予定している。緊張が始まる。 お客さんを入れるときの照明もあるので調光卓に戻る。トランシーバーを通し て開場時刻の指示などが跳ぶ。舞台を見るとAQさんがシンセサイザーの最後の 調整をしている。  実はこの頃客席は異常な暑さとなっていた。楽屋を温めた空調が客席には効 きすぎたのだった。気温は30度を超えていたに違いない。トランシーバーを使っ て空調を切るように頼む。  いよいよ開場。上から見ているとお客さんが流れ込んでくるのがよくわかる。 席を確保したらロビーに走る人もいる。CDやグッズを買うのだろう。  「開演は6時5分」と宗さんの声。ホールの照明の人が初めて「大丈夫ですか?」 と声をかけてくれる。  開演。浩子さんが登場して真っ直ぐピアノへ。私の照明も始まる。直前に考 えた照明の設定用紙に合せて2種類の設定ができる調光卓を駆使し、1曲毎に次 の曲の照明を調整して切り替える方式を取る。設定用紙の隅に「次はMC」と 書いておかないとどこがMCなのかわからなくなるところだった。  最初の4曲が終わる。次が試練である。「リクエストコーナー」である。客 席の照明を60%つけるのだが、スイッチの反応が遅い。  リクエストは「悲惨な人」の選択だった。客席には松葉杖の人がいるのはわ かっていたが、その人は手を上げなかったようだ。曲目が決まる。「Luna」 「再会」「モーニングタイム」、、、しかし曲順が決まらない。さらにまいっ たのは「モーニングタイム」はほとんど聞いたことが無い曲だ。こうなったら 出たとこ勝負で照らすしかない。色を考えずにホリゾントのみ赤と緑を混ぜて ほとんど無色にする。  そんなことを考えていたせいで、客席の電気を再び暗くするのタイミングが 遅くなる。ただでさえ反応が遅いスイッチがますます遅く感じる。トランシー バーからはPAさんの文句が聞こえていた。  後半はとりあえず予め考えていた照明を実行する。AQさんがピアニカを吹く ときにはちょっとだけスポットを当てる。  あっと言う間に最後の曲。「海の時間」である。この曲は披露宴で使わせて もらった思い入れのある曲だ。始まりと終わりは夜の部屋のイメージで浩子さ んだけを照らして真っ暗、2コーラス目からは海の底(ホリゾントの下半分が青、 上半分が緑)、間奏の後3コーラス目は古代の感じを真っ青で、最後のコーラス は再び部屋の中となって浩子さんだけを照らして真っ暗にする。  ところが、最後のコーラスを見ながら私はトランシーバーに飛びついていた のである。アンコールまでの間の照明を決めていない。明るくするタイミング を宗さんにもらわなくてはならない。ここだけは打ち合わせが抜けていたので ある。  トランシーバーに飛びついた私とマネージャー宗さんの会話。 花田「宗さんいますか?、、、宗さんいますか?」 宗 「はい、宗です。」 花田「花田ですが、退場した後はどうします?」 宗 「え〜と、、、暗くしてください。」 花田「客電は暗いままでしたよね?」 宗 「そうです。」 花田「アンコール入場時はどうしますか?あいさつ有りですか?」 宗 「有りますんで、明るくしてください。タイミングはこちらで出します。」 花田「了解しました。お願いします。」  これだけの会話が終わる頃、最後の曲「海の時間」はエンディングに入って いた。曲が終わるタイミングで照明を落とすことにしていたので最後はスポッ トのレバーを(2本有るので左手の人指し指と薬指で)押さえながら右手でトラ ンシーバーを耳に押し当てていたのだった。  「海の時間」のエンディングの優しいメロディーが終わる。スポットを落と し、一瞬おいて舞台を明るくする。浩子さん、AQさんが下手側に退場する。AQ さんが消えるのを待って舞台を暗くする。  客席の拍手は鳴り止まない。アンコールを求める拍手だ。自分も送りたいの だが、トランシーバーのスピーカーに耳を傾け、舞台照明のレバーにまたも指 を掛けて待つ。  「お願いします。」宗さんの声だ。舞台上を照らす。アンコールのあいさつ が始まった。  アンコール曲は「ひとりでお帰り」。あっと言う間の2時間である。  第4部「撤収」  コンサートが終わってもまだ気は抜けない。まず客席からお客さんを追い出 し、調光卓を片づけ、さらに搬出が待っているのである。時間的余裕はあまり 無い。客席が1/3くらいまで出たところで「追い出さないと客は出ないよ」と 私がトランシーバーに向かって声をあげる。  客席を閉めたら舞台全体を照らしなおし、調光卓のレバーを全部戻し、書き 込んだ文字を消し、設定用紙などを片づける。これで照明の仕事は終わりであ る。早速舞台に走って搬出に入る。  ヤマハ側の皆さんは皆総出で片づけている。私も混じって片づけをする。傍 らではAQさんがシンセサイザーの解体をしながら「真っ暗攻撃あるかと思った のにぃ」と話しかけてくれる。「スポット当てたんですよぉ」とやり返す。  全部片づいた舞台のそでを見ると、バインダーと鞄が見える。よく見ると浩 子さんの歌詞カードではないか。舞台が閉まりそうだったのとトランシーバー を返していたのでとりあえずヤマハのマイクロバスに持っていく。  機材搬出はお客さんがいなくなったロビーを通してエレベータ経由で行わな くてはならない。常連の皆さんがホール入口にまだ待っている横で積み込みを 手伝う。MLのTさんが「手伝いましょうか?」と声をかけてくださる。人数的 にたりていたのと、遠く(東京)から来ていただいたのに悪いのでお礼だけ言う。  積み込みも終わって、自分の荷物があるので3階(ホール)に戻る。その間主 催のM氏は会計処理をしている。戻ってみると赤字は2万5千円で済んだという。 2日前までは「20万円くらい赤字だよぉ〜、、、このままだと家計が成り立た ない、一家離散だよぉ〜」と言っていたので、とりあえず一安心である。  浩子さんが着替えて宗さんと一緒に出てきた。皆で「お疲れさまでした」の 合唱である。  主催者特権とばかり集合写真を撮る。皆感激の一瞬である。  浩子さんが乗ったエレベータを見送って1階に降りると、常連さんに囲まれ、 ヤマハの皆さんはマイクロバスで宿へ向かって去っていく。誰か忘れたのか花 束を持って追いかける人がいる。ほとんど歌謡曲の世界である。  そして暗くなったNBC1階玄関前で皆で集合写真を撮って解散。私たち2人は バス停の電柱に巻きつけたままだった開場を案内するポスターを剥がし、それ を持ってバスで帰ったのだった。  最後に、浩子さん、たいした演出ができなくてごめんなさい。 (終わり)