浩子さんの初恋物語と結婚秘話

           2000年4月18日改訂版
           2019年2月18日追補
 (2000年当時の記載ですので、産経新聞の記事はリンク切れしています。その点、ご容赦ください。)

 浩子さんは1996年1月に結婚しました。お相手は初恋の人、「中西さん」です。
 余り知られていないのは、御本人の談では「親せき、友達、誰にも案内を出していなくて。ファンの人も知らない人がいる。照れちゃって」なんだそうです。

 このページでは、そんな浩子さんの初恋と結婚に至るストーリーを、ご紹介します。

 初恋物語

 話は×十年(^_^;)さかのぼります。浩子さんの初恋は中学(お茶の水女子大付属中学校)の1年生のとき。お相手は当時3年生で、一目ぼれならぬ“一声ぼれ”だったそうです。
 時は文化祭、3年生のクラス展示での『人間コンピューター』というのをやっている催しに行ったときのことでした。 それはベニヤ板で作られた箱の中に人が入り、紙に書いた質問を口に入れると答えをしゃべるというしろもの。 ちょうどそのときその中に入っていたのが(なんと展示と違うクラスの)彼だったのです。 もちろん顔はまったく見えず、声と軽妙な受け答えが浩子さんを惹き付けて離しませんでした。 たまたま女子が「中西君」と呼びかけたので、名前もわかりました。でもまだ顔も姿もわかりません。
 そして後夜祭。友達に教えてもらった「中西さん」は色白でやせていて、小柄でしかも長髪。美しい少女のような顔立ちだったとか。
 それからの浩子さん、すっかり中西さんにお熱をあげたのですが、当時('70安保闘争時代でした)の学生運動に参加していたとか、学校に反発していたとかいろんな噂が耳に入ってきます。ついには同じ3年生の女性と付き合っているという噂も!
 当時中1、肩まで伸びた髪が美しい少女だった浩子さんは、誰もいない早朝や夕暮れの教室に忍び込んでは中西さんの机に座っては、ぼぅっとしてタメイキをついていたんだそうです。
 でも、当の中西さんは、文化祭で何度も何度も質問してくる少女、そして時々視界を横切る下級生に気付いていましたが、残念ながらあまり気に留めいませんでした。
 時は過ぎ、新しい年となって先輩の卒業が近づいてきます。2月になって、とうとう浩子さんも思いきって告白の手紙を書き、朝、彼の机にいれました。

 そしてその日の夕方、彼の机に行くと返事が入っていました。中西さんは、浩子さんのまじめな気持ちに感動し、その日の1時限目が終わるまでには返事を書いたのでした。 しかし、その返事には、まじめな気持ちで書いていること、付きあっている人がいること等が書いてありました。
 結局、その中1の初恋は彼の卒業とともに淡く消えてしまいました。それでも浩子さんは中西さんの字をマネるようになったんだそうです。
 浩子さんはそれから別の人を好きになったりしましたが、中西さんのことはずっと胸の奥にしまっていたのでした。

 初恋は“パソ婚”で成就

 しかし、運命の出会いがあったのです。1993年、パソコン通信に彼の名前を見つけたファンがメールで教えてくれたんだそうです。デビューしてしばらくしてから、浩子さんは初恋の人の名前をあちこちで公言していたのでした。
 ここで御本人の談…「本当かな、と見に行ったら本当にその人で。電子メールを出したら返事が来て。最初はメールのやりとりだけで。そのうち、コンサートに招待して再会しました。私の歌はあまり聴いたことがなかったみたいだったけど、『意外と思ったよりよかった』と言ってもらえて」
 初恋の人との23年ぶりの再会!しかし実際に会ってみると、23歳ずつ年をとったはずの先輩と後輩はあっという間に打ち解けて、親しくなったのでした。
 やがて2人は同じ時を過ごした中学を連れ立って訪れました。23年前と同じ校舎、同じ教室がそこにはありました。「ふたりともここにいたんだねー、、、。」先輩の言葉に感激した浩子さんは涙を流しそうになったとか、、、

 今や中西浩子さんとなった浩子さんですが、全然変わらないのもわかるような気がします。「お抱えエンジニアN氏」として大活躍の中西さん、浩子さんをお大事に。

 あとの部分、そして浩子さんが中西さんをどう見ているか、については産経新聞ホームページの谷山浩子ライブレポートをご覧下さい。



 このページのかなりの部分は 産経新聞ホームページの中にあるTadasi Kusano's MUSIC TREASUREに1996年11月19日から掲載されていた谷山浩子ライブレポートから、草野さんの許可を得て引用し、花田が内容を一部変更、追加して作成しました。内容は検閲済(^_^;)です。
 また、この当たりのことは「悪魔拔いの浩子さん」にも詳しいのでお持ちでない方はお探し下さい。書籍番号などはこちらにあります。

おまけ:中西さんの写真は浩子さんのページの中の「N氏のCOOLな仕事部屋へようこそ!」ページの中にあります。
追補:仲睦まじく過ごされたお二人でしたが、2019年2月3日の朝、「お抱えエンジニアN氏」こと中西直哉さんは延髄の膠芽腫により亡くなられました。享年64歳でした。