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96.11.07

コンサートパンフの座談会の、ライターさんがまとめた原稿で、わたしの発言が「……っていう気持ちになっちゃうわ」とか、みょうにオンナっぽくなってたので直してもらった。「わ」は使わないぞ、「わ」は。たぶん、もっと上の世代の人じゃないと誰も使わないんじゃないかな〜。
……と思ってよくよく考えてみると、高校時代に仲がよかった女の子たちは、けっこう使ってたことを思い出した。10人ピックアップした中で「わ」を使わずに「だよ」なんて言ってたのは、わたしを入れて4人だけだ。うわ〜。何が「うわ〜」なのかわからんけど。

96.11.08

おとといは「お財布に数千円しかないから」と思ってお金をおろしに行って、財布の中を見たら万札がはいっていて、ヘンだなーとよく考えたら「数千円」は夢で見たのだった。大丈夫か、わたしは?
きのうは夢の中でずーっと、頼まれている子供番組用の歌を作っていた。長い長い仕事の夢。それも現実に考えそうな歌詞やメロディが次々にでてきて、どれもイマイチという、えらく日常的な夢だった。夢って現実を癒してくれるんじゃないのか。かえって疲れたぞ。

96.11.15

自分の「挨拶&自己紹介」を読んでいて思った。
「特別なサービスやパフォーマンスをしないでもわたしが存在していること自体を楽しんでくれる家族や友だちのように、誰かがこのページをながめてなんとなく楽しんでくれればいい」なんて書いてあるけど。
家族や友達が「わたしが存在していること自体を楽しんでくれる」のは、わたしがわたしの知っているわたし以上のものだからだ。自我なんて自分の中ではちっぽけなガイド役にすぎない。わたしに自我しかなかったら、わたしはきっと意味のない存在になってしまうだろう。わたしの知らないわたしの全部が、ほかの人たちにも何か楽しみを与えているのだと思う。
だけどそれは実生活上のことで、オンラインのWEBサイトという、自我の作り上げた世界にも、わたしの知らないわたしが出現するのかどうかわからない。わからないけど、とりあえず「企画をたてて実行する」とか「コンセプトを決める」とか「全体像を描く」とかいうようなことは、するよりはしないほうがいいという気がする。だからしない。
そういうことをしないでいると、ホームページ作りということ全部に対して、何か不安な気持ちが起きてくる。不安だけど悪い気分ではない。自分の中身が流動的になっていくような感じ。それにしても不特定の視線に見られながら個人の作業をするのって、なんかエッチだなあ。

96.11.16
きょうはゲネプロだった。ゲネプロというのは会場での通しリハのこと。疲れた。まだ初日始まってないのにもう疲れててどうするんじゃい〜。
産経電子メディア出版部(だったか)の草野さんが取材しに来てくれた。前は夕刊フジとかの頃にお世話になったり、コンサートもよく来てくれている人だ。産経新聞のホームページの「草野正の音楽情報」というコーナーに、たぶん数日後には載せてくれるということなので、よかったらみなさま、見てくださいね。
→草野さんのインタビュー&ライブレポート
いやー。それにしても疲れたなー。あったかいお風呂にはいって早く寝ましょう。明日から3日間の楠プロデュースはハードな選曲なんだよ〜ん(予告)。


96.11.19
常連のファンの人が「福岡のEという人から変な手紙が来た」といってその手紙を見せてくれた。このEという人物は以前からみょうな意味不明のメールを送ってくる「困ったちゃん」なファンだったんだけど、今回のその手紙は「谷山浩子のコンサートを自分がプロデュースしてやろう。きみたちはチケットをさばくように」というような内容で、そうとう壊れてる感じだった。同じような手紙を何人かに送っていて、マジに受け取った人もいるというので驚いた。うーん。


96.12.15
YMS(NIFTYの中でヤマハがやっているオンラインミュージックセミナー)のオフラインパーティに行ってきた。オフラインパーティというより応募作品の審査発表会みたいなものだったけど、いやー、おもしろかった。気分がパッとしちゃったな。アマチュアの人の作品がたくさん集まっている状態というのは不思議な楽しさがある。お祭みたいだ。プロの作品をいくら集めてもこういう感じにはならない。枠にはまらない、名付けられない、華やいだ、ワサワサした感じ。それぞれの人が好き勝手に楽しんでいるという空気。すごくいい。こういうの、またやりたいな。


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