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4.パリにてエトワールカイト、犬の糞にたたられる

 うまい話はまず疑ってかかれ、うまいものはまず疑う前に食え、と18世紀初頭フランスのエスカルゴ職人エトワールカイトは前途に絶望、服飾の道に転じ上海テーラーに丁稚入りせんと大陸を横断したはずが着いた処は花の巴里。
「そうよ、私は一流のデザイナーになるんだわ」
 しとしとそぼ降る巴里の雨に喜んだ大海ガラスカタツムリとともに排水溝を流れて行く犬の糞を悲しく眺める。時折、遠くに時を告げる鐘の音がぼくを励ましてくれる。
「そうだ、お前は空に輝くラセーヌの星になるのだ」
 振り向いて一歩を踏み出したとたん犬の糞を踏んだ。
「くそ」
 けとばした物がまた犬の糞。

5.先輩、冬の鍋料理

 糞といえばその昔、先輩の新宅祝いに水瓶と偽ってこいがめを持って行ったことがっかりした先輩の顔足の下の糞のぬるい滑り緩く弧を描く次の糞希望のない新宅の生活はひえびえとして氷室のよう。踏んだ糞も蹴った糞もたちまちフローズン糞となる。
 寒いときには酒が一番、ワインを買ってひとり酒盛りとしゃれこもう。あそこに見えるは一頭の羊。さあてシシカバブーにして食うか、ジンギスカンも捨てがたい。
 まずは鉄を加工して串と鍋を作らねばなるまい。襲うのは日本鋼管にするとしよう。しかし串で焼くなら何と言ってもすてれんきょうがいい。あの妙なる風味を出すには与太郎が持ってきたこいがめを破壊して、内壁に付着している石化プラントをへぎへぎ鍋にこそげてカスバの女をきゅっとひとたらし絞ると丁度頃合のスープになって、きっと憧れの魯山人様も微笑んでくださると思いきや、
「なんだその暑っくるしい食いもんは。冷たいものを出せ。冷蔵庫でキューッと冷たくひやした冷酒でもいい」
 という。

6.母蟹、回虫に遺産を残す

 その時突然
「やめ・て!」
 と横山弁護士が怒りの表情で震える後ろから聞こえてくる、わ〜た〜しぃは〜やってない〜、産んだ覚えもない、との歌声。それが急にくぐもったかと思うと、周囲はやわらかな日のさす海中公園、もとい回虫公園。
 輝く黄金の噴水から吹き出す回虫、回虫、回虫、その美しい風景の真ん中に、あの母蟹が冷めた目をして座っている。
「子蟹など産んだ覚えは」
 回虫をぽりぽり。
「ないわいな」
 回虫をこりこり。
「まして仇討ちされる義理ないわいな、ウチの財産、この世界まるごと、この回虫たちに残します、あの素晴しい愛を、もう一度……」
 低くつぶやくように歌う声が途切れる。噴水から噴き出る回虫の様子がおかしい。これは……うどんだ!
 冷やし回虫うどんという珍味に魯山人の美学も崩壊したのか、しんと静まり返った公園に一陣の秋風が吹いている。

7.鍋奉行、幽界煮込み愚鈍を作ると宣言

 そこに現れた巨大乾麺を背負った男。彼は大海ガラスカタツムリの殻が壊れたとき、その肉の代わりにパスタ大王から巨大乾麺を受け取った。
 ああこの乾麺こそ蛇含草によって溶かされた清兵衛の果ての姿、腰の強さと麺の艶も恨めしい。
 フフフンと鼻歌混じりに大鍋に湯を沸かすと塩を一つまみパラパラリン。
「この間抜けめが、ぐわしぐわしと投入してこそ大王直伝の腰の強さも出ようというもの。理屈を知らずして伝統を破壊するオタンコナスは蛇の目傘で打たれてしまえ。塩の投入で見得を切れるようでなくては鍋は任せられぬ」
 と魯山人が一喝すれば、町田町蔵が壊れた傘を振りかざしながら黒羽二重の紋付に五分月代、大小を落し差しに、尻を高くはしょった格好で、屁をひれば、プーピープーのピーヒャララと放歌高吟するもお賑やか、とはや合点した母蟹を、ぐしゃ、と踏み潰す。
 その残骸を鍋に投げ込み、ついでに横山弁護士がどこからか捜し出してきた虎の子の子のタケノコと、やわやわに煮くずれる四畳半フォークを投入した瞬間、火が消えた。急速に冷たくなる鍋の中。
「なぜダシも出ぬうちに、外道で味を壊すか。ここな愚鈍の大衆は煮込み愚鈍にしてくれなにくれとなく面倒をみてくれた六文銭も今や土くれ悲嘆にくれ今はひとり子守唄なぞ歌ってたも」
 などと宣う鍋奉行、金角と銀角、2匹の邪鬼。
 流石に子持ちの血が騒いだか母蟹、幽界から蘇って子守歌を歌いだした。流れ出す冷気。蒼白い月光に晒されて、ブニュルブニュルと緩やかな不定形の蠢きが鍋のなかを満たしはじめた。
 オ〜ソ〜レミぃヨ〜、鍋奉行の伊国な声色に誘われて覗き込めば、そは清らかなしゃれこうべ、これこそ骨釣りで得た石川五衛門のもの、これさえあればと鍋奉行、回りを押し退け仁王立ちにて魯山人に向かいて言い放つ。
「この鍋で血も凍るような本当の幽界煮込み愚鈍を作ってみせよう。一週間だけ待ってくるるかりる、何かが起こるよくるるかりる、胸踊らせ待ちわびた25時25分にこの鍋のふた開くるべし。待ちきれずに開ければ破綻来るべし。すべてが空漠に帰す大凶数その力をついに現わすであろう。寒い名前。ああ私の名前はなぜこんなにロミオなの。あぁ夜が明けるわ。かっこうかっこう。いいえあれはナイチンゲェルかねじ巻き鳥か。時間のネズミが時計をかじって壊す音
 金角と銀角が夫婦漫才をやっていると、茶目っ気を出した魯山人が鍋奉行にブレンバスターをかけようとして逆にこちこちあた〜くをかけられて凍ってしまった。
「この凍り魯山人はうまそうだな。鍋にぶっこむか、ぶちわってデザートにしてしまうか。きっとダシは出な〜い、二人きりのクリスマス・イブっ…そうだ、ケーキにしよう」
 いそいそこを切る、と、ロンっごめん〜それ国士無双〜、という節回しに振り向けば萩原聖人が黄金きらめく法衣に身を包み、パイの山を1つ1つ崩しながらカウントダウンをとっていた。

8.白鳥麗子(=AQ)と死のかげの対決は蚤を撒いてAQの勝ち

 その時っ! 高らかな笑い声をあげて卓を持ち上げたのは白鳥麗子でございました。幸せな二人の仲を壊しにやってきた白鳥でございますが、除夜の鐘が鳴るまでに仲を壊せなかった場合、白鳥の燃える百八の煩悩は燃え尽きて真っ白な灰になるのでございます。
 燃えつきた炭が音もなく壊れるように、白鳥の煩悩は師走なら手を叩こう、師走なら態度で示そうよ、と、静まりかえった夜の闇の中の一点豪華主義に走ってよっこらせよっこらせと運んできましたのが、それはそれは重い甲冑に身を包んだ歩兵軍団。中央には金銀瑠璃玻璃の王冠を載せた鍋料理記者歴1500年と想像される大きな死神、まずいならば手にした蝋燭を吹き消す模様でございます。
 さて、今日のキッチンスタジアムの素材はひゃくやっツノ煩悩、挑戦者は白鳥、の声ににやりと笑うと
「軟弱なるものよ。我が連れ来し死のかげを見事打ち砕いてみるか」
 といいつのるや、虚ろな眼窩から暗黒の星々が白鳥めがけて走り出たのを白鳥サッとよけて
「何のことかしら。あたくしはドレスを注文しましたのよ」
 と高笑い。その言葉に死のかげは行き場をなくして目の前の鍋掴みで白鳥の顔をハッシと叩く。白鳥の顔一面にジンマシンが走り、怒りとかゆさにバリバリと激しくかきむしると顔の皮が剥がれ落ち、中から現れたのは石井AQであったので、満身の力をこめてなぐりかかった。しかし、AQの顔はゴムまりのようにはずんで、死のかげもろとも空高くポーンとはね上がり、どんどの中に飛び込むと、ぱーんと弾けた。
「あ、目の中に火花が!!」
 思わずのけぞった死のかげだが、火花と見えたものは、無数の蚤であった。そのかゆさは死のかげをして
「私きょうから死のかげやめます。命のひかりと呼んで下さい」
 とエバり腐った宣言を行わせるに足るかゆさであった。それを聞きとがめた死神は、しかしニヤリと笑って
「今夜のテーマは、お・か・ゆ」
 と宣言した。ゲストの凍り魯山人は
「粥なんざ食えりゃいい。そこらのレトルトで沢山」
 と信じられぬほどガサツなコメントを残して去ったが、衿から入った蚤がかゆくて理性も何も働かず。吹けば飛ぶよな蚤なれど見つけた蚤の数の30倍はいるとの学説を聞くにつけても、皮膚の下を狂ったように駆け回る痒さ。やがて痒さは柔肌を食い破りちらりと覗くしゃれこうべ。
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